島根県の旅:美保関紀行 (1)

 平成24年10月18~19日島根半島の東端、美保関(みほのせき:かっては美保関町であったが、平成の広域合併により現在は松江市に属する)を旅した。大山(だいせん)隠岐国立公園の一部となっている土地である。
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        半島の先端が美保関灯台、中央の湾の所が美保関の町

美保関灯台
 まず、知人の車で島根半島の突端、地蔵崎にある美保関灯台を見物した。ここはバスの終点、美保関の町から2km位は離れているだろうか。ここまではバス便がないので自家用車や、レンタカーで来るほかない。駐車場やトイレも完備していて、車を置いて平坦な道を100mも歩めば灯台に達する。
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 灯台の瀟洒なたたずまいに思わず息をのむ。石造白亜の灯台は高さ14m(海抜83m)しかないが、どっしりとした風格がある。上部には海を照らす巨大なレンズが垣間見える。
 灯台に隣接する石造平屋の官舎も白い壁、赤い屋根が映え、両々相マッチした美しさだ。
 灯台も今はどこも無人化されて、住む人もなく上ることもできない。日本海を一望できる灯台守の官舎は今はビュッフェに生まれ変わっているが、今日は臨時休業の札が下がっていて残念だ。
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           重厚な官舎の石壁

 美保関灯台は明治31年(1898年)初点灯された山陰最古の灯台で、2007年灯台として初めて国の有形文化財に登録され、さらには世界の歴史的灯台百選にも入っている。
 今日はあいにくの曇り日で美保湾を挟んだ対岸、鳥取県の名峰大山(別名:伯耆富士)も裾野しか見えない。目を反対側に転ずれば遠く隠岐の島も望めるというが、これも叶わない。灯台下の海沿いの道をたどり、眼下の荒磯を噛む白波を見ながら駐車場に戻る。

民謡 関の五本松
 灯台から戻り美保関の町並みのはずれで知人と別れ、急な遊歩道をひとり上る。 美保関はいくつもの顔を持っているが、民謡「関の五本松」の発祥の地でもある。
   
    ハアー関の五本松 一本切りゃ四本
    あとは切られぬ夫婦松
    ショコォー ショコホイノォー
    松 ホィー
 
 の、あれである。一部枯れたとも聞いているが現物を見ておきたい欲求が頭をもたげたのである。
 遊歩道を5分も上るとリフト乗り場に達する。これも平成不況で数年前廃業したということで秋草に埋もれた乗り場の残骸を見るのは何とも切ない。
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           残骸をさらすリフト乗り場

 息を切らしながらさらに15分も上ると尾根筋の斜面に五本松が見えてきた。これがさらに切ない。初代関の五本松はコンクリート製の実物大の幹だったのである。松の脇にある看板を読むと、天然記念物に指定されていた初代は、台風や松くい虫の被害で平成9年に最後の1本が伐倒され絶えた。初代の種で成長した二代目は昭和46年襲名披露されたが、これも平成2~3年にかけての台風や松くい虫で絶えた。そして今、三代目の五本松が植栽されているが、まだ人の背ほどの高さで手入れされないまま茫々と葉を茂らせている。人で言えば何年も散髪していない感じである。手入れされない松を見るのは見苦しいが、手入れした切り口、葉の摘み口から幹内への松くい虫の侵入を恐れているのだろうか。
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             コンクリート製の五本松
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         屋根掛け保存の初代関の五本松の切り株
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            三代目関の五本松 

 ここも五本松公園と名を変えた景勝の地で、標高130mぐらいあり、美保湾を挟んで大山も見渡せ秋風が心地よい。春には5千本のツツジが満開になるという。リフトの上部側の乗り場の横には土産物屋がまだあり、色あせた商品が雑然と置かれている。声をかければ奥から人が出てきそうな気配だったが遠慮した。
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         美保湾を挟んだ対岸の国立公園大山の裾野

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