高千穂紀行 (4):アマテラスと天皇の系譜

追記;天照大神と天皇の系譜
高千穂でアマテラスノミコトの神話に接し、伊勢神宮に祀られている天照大神(アマテラスオオミカミ)さらには天皇家とどう繋がっているのか、頭の整理をしたくなり通俗書を読んでみた。これらの神話の根拠は、712年に編まれた古事記、720年に編まれた日本書紀によるものという。 

 古事記の記述によると、この地上とは別の天空(これは私なりの理解の仕方です)、高天原(タカマガハラ)という所に宇宙の生成にかかわった三つの造化神がいた。それとは別に男の神イザナギミノミコトと女の神イザナミノミコトが現れた。両者は結婚し、葦原の中つ国(別名、豊葦原の瑞穂の国)という今の日本国を生み、さらに海の神、山の神、水の神、風の神、土の神、火の神などもろもろの神々を生んだ。高天原は神々の住む地という程度に理解しておけばよかろう。

 イザナギ、イザナミはさらアマテラスノミコト(女)(以下、アマテラスと略称)、ツキヨミノミコト(男)、スサノオノミコト(男)と3人の人神を生んだ。イザナギはアマテラスには太陽の女神として高天原を、ツキヨミには月の神として夜の世界を、スサノオには海を治めよと命じる。あるときアマテラスは、弟のスサノオのあまりの乱暴狼藉に腹を立て天の岩屋の中へ隠れてしまい、世はたちまち闇の世界となった。あわてた神々は天の岩屋を探し出し、手を尽くしてアマテラスを岩屋の外へ誘い出そうとした。これが天の岩屋神話である。これがもととなってスサノオは高天原を追放され、地上の中つ国、出雲ヘ降る。そこから大蛇(おろち)退治の神話が生まれる。

 アマテラスは中つ国も自分が支配すべきと考え、中つ国を出雲から支配していたオオクニヌシノミコト(スサノオの子とされる)に国譲りをさせる(国譲り神話)。段取りが付いたところで、孫のニニギノミコトに三種の神器を授け、高天原から多くの神々を従えて日向(宮崎県)の高千穂の地に降り立たたせる。これが天孫降臨神話である。なお、天孫降臨の地はこの高千穂町と、もっと南の鹿児島県境にある高千穂峰(標高1584mの山)と二説あり、互いに譲り合わない。高千穂町側は一定に地域を指す名称で山の名ではないと譲らない。

 アマテラスから六代後、ニニギノミコトから四代後、カムヤマトイワレヒコノミコトは日向を離れ東征して大和国に至り、初代天皇、神武天皇と名をかえ大和から日本国を支配することとなる。
 アマテラスオオミカミは皇祖として当初、大和に祀られていたが、第十一代天皇、垂仁天皇は皇女ヤマトヒメノミコトに命じて新たに遷座する場所を探させる。彼女は大和、伊賀、近江、美濃と諸国遍歴した後、今の伊勢内宮の地と定める。なぜ伊勢か正確には不明だが、海に面していることが好都合だったのではとされる。なお、伊勢神宮のいわれにはほかにも諸説がある。

 神話は事や物の起源を神の思考や行為によって説明しようとしたものであり、古事記や日本書紀は後の支配者が天皇の正統性を強調するため編まれたものだと承知しておかねばならない。神話の事象に年代的にも矛盾があることは学会でも認められている。

 それにしても天岩戸神話は天空の高天原で起こったことなのに、それがなぜ高千穂町の岩戸集落にあるのだろう。高天原をこの地上に見立てた場所なのだろうか。事前に勉強してゆけば、現地で質問できただろうが、帰宅してからの後付け勉強ではどうしようもない。これから行かれる人は現地で質問していただきたい。

 後付け勉強ではさらに疑問が湧いてくる。
 アマテラスが孫のニニギノミコトを天孫降臨させたということは結婚していたことになる。なぜ夫の名が出てこないのか。皇祖として神格化するには邪魔なのか。
 天照大神が皇祖として伊勢神宮に祀られている。そもそもアマテラスをなぜ皇祖と定めたのか。アマテラスの両親としてイザナギ、イザナミノミコトも居られる。この日本国(豊葦原の中つ国)を作られたのもイザナギ、イザナミである。地上に降り立った初代としてはニニギノミコトも居られる。初代天皇である神武天皇がなぜ皇祖とならないのか。アマテラスが太陽神であることが偉大なためか。

 理解しようとすれば膨大な勉強が必要になり、私の手には余る。
 神話の読み解きに誤りや誤解があればご寛恕いただきたい。




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