青森県の旅:恐山の宿

平成25年7月25日~26日
 参道の両側には幾数もの灯篭が縦列している中を山門をくぐり右に曲がると、今夜の宿泊先である宿坊、吉祥閣が現れる。近年新築したらしく立派な建物である。1泊2食の料金12千円を払い、宿泊の決まりごとを書いた紙を渡される。決まりごとは数々あるが、夕食は午後6時、朝食は翌朝6時半と定時、その際は自服着用、午前6時半からの朝のお勤めへの参加、食事時は出されたお茶以外の飲食禁止(自室は可)、指定場所以外での禁煙、などが目ぼしいところだろうか。
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            宿坊吉祥閣のロビー

 よく磨かれた広い廊下の片側に同じ規格の宿泊室がずらっと並ぶ。何室あるのか、建物の大きさから見て相当な数だ。通された部屋は15畳敷きの和室に4.5畳敷きの脇の間が付いている、だだっ広い部屋に布団が1組ぽつんと敷かれ私を待っている。この広さなら10人位は泊まれるだろう。テレビなし、冷蔵庫なし、広い清潔なトイレであるがウォッシュレットではない。飲み物も浴室入り口の自販機で買えるがアルコールは置いてない。携帯電話も通話圏外で、窓ガラスに特殊なフィルムを貼って電波を遮断してるらしい。しかし、ロビーでは携帯も使えるようになっている。ともかく部屋では非日常の空間を構築しようとしている感じである。
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         宿坊の和室、写真の右奥が4.5畳の脇の間
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         写真の左が部屋への出入り口、その右トイレ、洗面所

 18時夕食のため食堂におもむく。宿泊者全員が揃ってからの食事だから今夜の宿泊者は11名(うちこども2名)とわかる。食事の前には僧侶の唱導に従って食前の5か条の偈(げ)を唱和し最後に「いただきます」と合掌してからいただく。偈を唱えている間、僧侶は拍子木を叩いている。食事が終わると食後の偈(げ)を唱えて「ごちそうさま」と合掌して終える。
 偈(げ)の内容は難しい文字もあり長くなるので省くが、食事心得と思えばよい。箸袋にルビ付きで印字してあるのでそれを読む。食前食後の偈の唱和や朝の本堂でのお勤め参加は、宿坊に泊まる約束事にようで、これまでも四国お遍路や高野山の宿坊に泊まった時に経験したことがある。
 夕食のメニューは野菜のてんぷらと煮物、いんげんの和え物、黒豆煮、春雨と海草の酢の物、ゴマ豆腐、きのこ汁、飯と漬物、メロンと予想通りの精進料理である。なお、使った塗り箸はいったん部屋に持ち帰り、朝食にも使用し、自宅へ持ち帰ってよい立派なもので今も使用している。
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               広い食堂
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              偈を唱導する僧侶
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              夕食の精進料理

 食後は境内に4か所ある外湯のひとつ花染の湯へ出かける。泉質は硫化水素含酸性緑ばん泉という。他の3か所は山門から地蔵堂へ向かう参道沿いにあるが、こちらは宿坊(吉祥閣)の裏手にある。月が出ていないので宿下駄をつっかけ懐中電灯で足もとを照らしながら、おっかなびっくりで歩く。粗末な木造の混浴湯だが誰もいない。内部も板張りで脱衣場と浴室の仕切りもなく、洗い場もない1室がわびしく裸電球に照らされている。まさに秘湯に来た感で、わずかに硫黄臭のする白濁した湯にひとり手足を伸ばす。なお、外湯の中には男女別の湯もあるらしい。
 寝る前に宿坊内の大浴場の湯にも浸かる。こちらは洗い場もあり立派な施設である。
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          花染の湯の脱衣所と浴槽、写真右奥が出入り口
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              大浴場の洗い場

 翌朝午前6時半のお勤めに参加する。まず地蔵院では太鼓、鉦(かね)を鳴らしながら読経があり、次いで家内安全、身体健全の祈祷があり参加者の住所(都道府県名)と氏名が読み上げられる。御本尊裏手の開山堂には円空仏が多数置かれている。
 次に本堂へ廻り先祖の供養がある。木魚を叩きながらの読経の中を焼香する。本堂の内陣脇にはおびただしい数の肖像写真、衣服、履き物、花嫁人形などが所狭しと置かれ、吊るされまことに奇異な観である。死者を弔うため参拝者が寄進したものであろうが、花嫁人形は若くして戦死した独身者を弔うものと察せられる。若者を想うほどに不憫でならない。堂内は撮影がはばかられ写真は撮らなかった。

 お勤めが終り、7時半から宿泊者全員が揃い、食前の偈(げ)を唱和し朝食をいただく。
 食後はひとり境内を一巡する。境内は賽の河原と呼ばれる草木の無い荒涼とした風景が広がっている。小さな起伏の中を小さな御堂や慰霊塔、地蔵尊、水子供養像が散在して祀られている。何とか地獄と名のついた窪地も多数あるが噴気はなくわずかに硫黄の色がその名を留める程度である。至る所に小さな石が積まれ、卒塔婆(そとば)が立てられ、そこに手ぬぐいや履物が風に飛ばないようくくられ、小さな赤い風車(かざぐるま)が風に回っている。すべては死者への深い鎮魂を表すものであり、粛然とした気持ちを誘う。寒々とした光景には違いないが、不思議と寂しさは感じない。手ぬぐい、履き物、赤いかざぐるま、と人間臭いものが感じられるからだろう。
 眼前の宇曽利湖は人工的なものは一切なく、砂浜が地水を分けている。水面は水深部に向かってエメラルドグリーンの美しいグラデーションを湛え、波ひとつない静けさである。一巡した境内地には川はなく、降雨の時は賽の河原の低部を濡らしながら宇曽利湖へ注ぐのだろう。

 ついでながら、恐山には死者の霊を呼び口寄せを行うイタコと呼ばれる人たちがいることで有名である。口寄せとは死者の魂をわが身に宿し、その言葉をこの世の者に伝える役割である。口寄せを聴こうとするとなにがしかの代金を支払うことになるが、イタコについてはお寺は一切関与していないという。
 しかし、イタコはふだんは恐山には居ず、青森県内各地で暮らしている。夏の大祭(7月20~24日)と秋の大祭(10月上旬の3連休、体育の日が最終日)にやってきて口寄せするという。

 こうして10:00発のバスで恐山を後にし帰宅の途に就く。最後に、下北駅前の物産館でお土産に買った「ほたて煎餅」(製造:むつ市八戸屋)という南部煎餅がホタテの味がよく染みおいしかったのでお勧めする。

 (恐山の境内の様子は、この朝ずいぶん撮影してパソコンに収めたのだが、どうしたことか誤って削除したらしく、写真を掲載できないのが残念である。)

(恐山の景観写真は、その後写真を発見し、青森県の旅:恐山の景観 (1)、(2)として、いずれも2016年9月4日作成したので参照されたい。)



 

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